VOGAウオッチミュージアムをなぜ建設したのか その4

誰にも理解してもらえない

 

誰にも理解してもらえないが、やはりこの子達を日の当たる場所に戻してやろうと思った、時計ビジネスで築いたお金を全て叩いても日の当たる場所を作ろう、それが時計への恩返しだと決意した。

 

決心してから苦悩が始まった、時計ミュージアムはビジネスではなく、後世に時計の歴史を残す事が目的で、儲かるか儲からないは別問題だった、しかし赤字が続けばいつかは閉館になってしまう。

銀行から建設資金を借りてしまうと、儲かる事業ではないので返済が滞るだろう、借金無しで建設すれば何とか維持が出来るかもしれない。

 

津和野と違って、土地の購入から建物の建設と膨大な資金が必要となる、資金は幾ら用意する事が出来るか、それによって規模が決まってくる。

貯蓄と広島に所有しているマンションビルや株の資産を計算していった、それらを売却した場合幾ら用意ができるのだろ、現実に計算をしていったら、ほとんどの資産をつぎ込まないとならない、そうすれば厳しい老後が待っている、止めた方が良いよともう一人の私が言い出した。

 

今まで経験してきた事業とは全く異なる、始めから手出し覚悟の事業になる事は目に見えている。

悩みに悩んだ、自分の老後を取るか、冷や飯を食べても時計達を、日の当たる場所に移してやるか。

止めろと言う私と、やれと言う私との戦いは毎日続いた。

時計達を引っ張り出しては眺め、お前たちどうしてもらいたいと問いかけた。


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