VOGAウオッチミュージアムをなぜ建設したのか。その1

「可哀そうな時計達」

 

1981年、アメリカに渡り偶然出会ったアンティーク時計の魅力に惹かれ、アンティーク時計の収集を始めましたが、今と違いネットが無い時代で、誰も市場価格が分からず、売る方も買う方も随分大まかな売買をしていたのです。

 

 

ロレックスのサブマリーナだと、リューズガードが有るか無いかの判別だけけでした、ジェームスボンドやミラーダイヤル、テキシタルダイヤルなど細かな事は誰も気にしてなかったのです、ガード無しは型落ちでどれも同じ値段という今では考えられない時代でした、地方に行くとお爺さんが売れ残った50年代の箱付未使用品を、当時の定価で売っていたり、それが当たり前のおおらかな時代でした。

 

収集を始めた頃買った時計達の中に見た事が無い時計達は偽物だと思い、見るのも嫌で段ボール箱に入れていました、サブマリーナの表記が無いRef6205は、収集家から5本まとめてでないと売らないと言われ、この時計はいらないと断ったが、他の4本はケチのつけようのない見事な時計達だった、5本の値段が安かったのでまとめて購入しましたが、この時計は偽物として段ボール箱行きでした、チュードルの初期型手巻のサブマリーナは、ガラクタの中から見つけましたが、手巻のサブマリーナなどあり得ないと思い、部品取り用に購入しました。

 

コラムを書く様になって、長い間放置してきた時計達を1本1本調べ始めました、随分昔に買った時計達は長い間見る事もなく、ひどく懐かしかった。

この時計はフリーマーケットであの人から買った物だ、この時計は交渉に随分手間取った時計だなど、時計と共に昔の光景が目に浮かんできました。

 

 

思い出に浸りながら、コラムを書き終えた時計達は又屋根裏に戻した、可哀そうだと思った。もし収集を始めた80年代にネットが既にあったら、こんなに収集出来なかっただろう、知らず知らずの間に、これだけ質の良い時計達を沢山集めてしまった、屋根裏に戻しなら後悔し始めた、これらの時計達をどうしようか悩むようになりました。

続く

 


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